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2010年10月31日日曜日

突然ですが・・・

昨年の事ばかり書いてても何ですので、この辺で少し現在に戻ります。
今日は我が家の愛犬ノエルのお誕生日パーティーです。
本当は10月21日ですが夫婦でパリに行ったため、また帰国してから私が
風邪をひいたため今日になりました。
めっちゃかわいくて、すっごく賢い黒ラブです!
私が癌で落ち込んで一人で泣いてた時、ペロペロと涙をなめてくれました!
本当にええ子です(忘れてましたが御年12歳のおばあちゃんです。)
娘はノエルを含めて3人ですが、なめてくれたのは後にも先にもノエルだけです!
まあ、あとの二人の娘になめられてはかないませんが・・・
なめんなよ~~!!

2010年10月30日土曜日

退院って!?

頑張って歩いている時に限ってH先生いなかったり、つっぷしてたり、そんな時隣の席の
ジェントルなN先生が「頑張ってるね」みたいなかんじでうなずいてくれる。うれしい!
木曜日H先生来る。
「何回歩いたあ~?」
「3回」
「え~~っ駄目だよ。もっと歩かないとドレーン抜けないよ。どうしようかなあ」
約束が違うだろ!不覚にも泣きそうになる。
「特別に抜いてあげるけどもっと歩いてねえ!」
ドレーン抜いた。
「じゃあ明日退院ね!」
退院?明日ってあなたそんな急な!!
「普通手術して4日で退院だから!」
「土曜日じゃあないと家族が来れません!」
嘘ついて1日延ばした。だって刀傷はまだすっごく痛いのに!!
土曜日 退院させられた!う~~っ 犬に会えたのは嬉しいけど痛いよう(*。*)

2010年10月29日金曜日

歩く、歩かされる!!

手術が月曜日、火曜日に一般病棟に移され、た途端歩けが始まった!
パジャマに着替えてトイレまで行きましょうと云われ着替えるが、着替えて
立ち上がったと思ったが貧血でダウン!1時間後に再チャレンジ(気丈な私)
個室なので当然部屋にトイレはあるのだが、廊下を渡ってその先にあるトイレに
行かなくてはいけません。歩数にして30~35歩くらい。部屋に戻って又ダウン。
肺を切っているので息切れがひどい。その上、身体にドレーンが入っているし、刀傷は痛いし、
点滴はいっぱい、いろいろ付いた点滴スタンドをお供にして・・・
午後H先生が来て「歩いた~?」と聞かれる。
「トイレだけ」
「え~~っ駄目だよ。病棟の廊下回らなくちゃあ!!」
水曜日 頑張って1周した。先生の机をみるとH先生パソコンの上につっぷしてる。
H先生来る。
「歩いた~?」
「1周歩きました。」
「え~~っ駄目だよ。最低でも3周はしなくちゃあ!!」
鬼に見えた。いまだから云うがあの頃私はH先生をフルネームの呼び捨てだった。
いやいや、面と向かってではなくて!!(恐ろしい 間違ってもできません!!)

2010年10月28日木曜日

な、何で肺?

2009年5月中旬、何と肺がんが見つかった!
肺であります。タバコも吸わず、お酒も飲まず、運動もせず(?)
ちょいと太めな以外いたって健康な私が・・・!!
亡くなった母が胃がんをやったので、なるとすれば胃だろうと
毎年検診もして、なのに肺がんであります。
出来てる場所も大きさも難しいでございます(最初のK病院N先生の口調)と言われ
これは先は無いなと覚悟しました。
それでも手術は出来そうだと云う事でT大学付属病院(以下T大)に入院しました。
で、7月4日に切りました。
T大は神奈川県伊勢原市にある大きくて明るくてきれいで、此処なら入院しても良いなと
思える病院です。幸い私の夫は妻を個室に入院させられる甲斐性はあったので、
わがままな私はもちろん個室に入りました。
手術前の説明で切除の時間がそれなりにかかること、片肺全部取るのは時間が短く、
開けて駄目ならもっと早いと言われました。
私の手術は1時間足らずで済み、娘たち(2人)は暗くなったそうです。
ただ1人「早いことは良いことだ」と言ったのは夫です。
決して楽天家ではありません!先生の話をきちんと聞いていないだけです。
もっとも、夫の言うとおり私のがんは思いのほか、するっと取れたそうです。
ほっとしてICUに行ったら、そこにいたのは土気色で痛い痛いと呻いている母親で、
又暗くなったそうです。本人のあずかり知らぬことですが、痛いのは本当に痛かったあ!!
このあとから、闘病です。まずはここまで、前半の筋書きというところです。

自己紹介

横浜市に住む50代の主婦です。 犬を含め、じじ1人、ばば2人の家族です。趣味の絵付けは次の作品展を目指し、一生懸命製作中です!